夢:No.001
著者:月夜見幾望


それは遠い、遠い別の世界の出来事。

現実ではない、どこか別の場所・別の誰かの物語。

だから、特に語るべきことはない。

なぜなら、これは夢なのだから。

人の記憶からすぐに忘れられる程度のことなのだから。



───「でもさ。夢にはその人の記憶が反映されることがあるじゃない」



……確かにそうだね。
自分が普段生活していく中で関わり深い人が夢の中に登場することもある。友達とか、学校の先生とか、あるいは恋人とか。
夢のメカニズムについてはよく知らないから、「強く想っている人がいれば、夢でも会える」なんてことが本当なのかどうか分からない。
まあ、私的には、いくらなんでもそんな都合よく会えないだろうと思っているけど。

でもね。
僕の夢の中に登場する主人公(?)と言っていいのかな、は、これまで出会ったこともない名前も住所も全然知らない女の子なんだ。
僕と同じ高校生くらいの女の子。なぜかいつも一人で過ごしていて、それでいて孤独をあまり感じてない様子の不思議な、不思議な少女の話。
……や、僕がこうして夢で彼女のことを見ている(ある意味監視、もっと悪く言えばストーカー行為?)から、常に一人という表現が正しいのかは微妙だけど。
ともかく彼女の周りにはだれ一人としていないことは事実だ。



───「それでキミはなんでその少女のことを気にかけるようになったんだい? 夢に出てくるだけの全然知らない赤の他人だろ?」



う〜ん、なんでって聞かれても自分でもよく分からないのが正直なところかな。
僕はクラスメイトの竜儀みたいに恋愛経験(?)豊富なほうじゃないし、一目ぼれするような性格でもない(と自分では思っている)からね。
そしてもちろん、見ず知らずの人に声をかけるほど積極的な性格でもない。



───「……つまり、キミが彼女のことを気にかける要素はなにひとつないワケだ。恋人でもない、ましてや声もかけられない、いてもいなくても変わらない実体の定まらない少女。もしそうなら、こういう説もあり得るんじゃないか。キミは現実世界にいて彼女が夢の世界の住人だと思い込んでいるようだけど、実際はその逆で、彼女が現実世界の住人で、キミのほうが彼女の夢によって形作られた“存在しない人”なのかもしれないよ?」



……その発想は考えたこともなかったな。
でもあり得ないよ。もし僕が夢人なのだとしたら、僕の家族や友達、彩桜学園、八王子の街並……つまり『僕にとっての』現実世界のすべてが彼女の想像によって作りだされたことになってしまう。僕には信仰心なんてものは全くないけど、そこまでいったらほとんど神様みたいなものじゃないか。



───「私はただ仮説を挙げただけだ。キミが彼女のことでぐだぐだ悩んでいるようだったからね。じゃあ、キミの言うとおり、彼女への干渉が可逆ではなく一方的なものだったとしてだ、彼女は一体どんな環境で過ごしているんだい?」



……それが全然分からないんだ。
これまで幾度となく彼女の姿を追ってきたが、その度に彼女は毎回違う場所に立っていた。

ある時は、薄暗い闇に包まれた墓地の中。
ある時は、深い峡谷の底に作られた絞首刑の前。
ある時は、一面真っ赤に染まった壁の前。
ある時は、灰色の風が吹く焼け野原。
ある時は、住人の気配がまったく感じられない無人の街。

そう、彼女はまるで死神のようだ。生者のいない世界を渡り歩くがゆえに、彼女以外の人は誰もいない。
……いや、たった一つだけすべての夢に共通する場所がある。
新しく建てられたような、まだ比較的外観がきれいな病院。だけどセキュリティは万全で、病院というよりは要塞といったイメージが強い。
夢の終わり、覚醒直前の彼女は必ずその病院の中に吸い込まれていく。それはまるで、そこが彼女の帰るべき場所であるかのように。



───「うーん、それはなかなか面白い話だね。夢の中に必ず出てくる病院か……。死人が好みそうな所には変わりないが……。もしかすると彼女は現実で命を落とした死者、もしくは命に関わるような重い病気にかかっていて、現在その病院で治療中なのかもしれないね。どちらにせよ、少しは現実味を帯びた話になってきたじゃないか。キミが彼女のことを気にかける理由もなんとなく分かったよ。キミは基本他人には無関心を装うけど、困っている人を放ってはおけないタチだからね。心のどこかで彼女のことを助けたいと思っているんじゃないか? さて、そこで問題だ。その病院の場所についてなにか心当たりはないのかい? 昔お世話になったことがあるとか、もしくはこの八王子市内のどこかの病院である可能性が高いとか」



……彩桜学園に入学して少し経った頃かな、まだ学校の空気にも慣れなくて一人教室の隅で読書をしていたときに声をかけてくれたやつがいたんだ。
そいつとは波長が合って今でも仲の良い親友だけど、ある種の病気みたいなものにかかっていてね。そいつに付き添う形で一度だけ八王子市の中心部から離れた所にある病院に行ったことがあるんだ。一年以上前のことだから外観や内部の構造は忘れてしまったけど、心当たりがあるとすればそこくらいかな……。



───「なら、話は早い。その病院が“当たり”である可能性は低いかもしれないが、夢で繋がっているキミのことだ、案外現実でも会えるかもしれないね。もし彼女に会えたとして、それから先どうするかはキミ自身が決めることだけど」



夢人である名前も知らない少女に現実で会える?
そんなあり得ない奇跡を信じる人間じゃないけど、駄目もとでもう一度あの病院に足を運んでみるのもいいかもしれない。
後輩の琴音のことも一応気がかりではあるし。



───「どうやら考えはまとまったようだね。しばしば夢と現実を区別するのは難しいと言われるが、確かに決定的に違うところはそれほどないのかもしれない。現実ではありえないものを否定しようとするが、夢ではなにが起こっても不思議に感じない……そう、ちょうどキミと私がこうして会話できることにキミがなにも疑問に思っていないように」



そういえば、あなたは誰なんですか?



───「さあね。ただ一つ言えることは、キミが成績に響く大事なテスト中に居眠りを始めたことくらいかな。ある意味テストを放棄して私と戯れているわけだ。そろそろ戻らないとまずいんじゃないか?」



……そうだった。今の時限、数学のテスト中だった……。
僕としたことが、よりによってテスト中に寝るなんて一生の不覚。
これは追試を覚悟しておいたほうが良さそうだ……。



───「やれやれ……、キミは一つのことに夢中になると目の前の穴が見えなくなるタイプだね。夢だの現実だの、答えの出ない問いをいつまでも考えてないで、まずは答えのはっきりしている計算問題から解いてきな」



そうするよ。
じゃあ、そろそろ起きようかな。



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